Celia'xeno

history

2004年

6月頃より夢羽、L'amuzを中心にメンバー集めをスタートさせる。共通の知人を介して、Tsukasa、Kenta、唯人と出会いバンドを結成。
「名もなきバンド」として曲作りやスタジオリハーサルなどの地下活動をスタート。
ミーティングを重ね個々の持ち味を発揮し、好きなスタイルで表現するため「歓喜と狂気」という意味の『Celia'xeno』というバンド名に決定。
歓喜と狂気のコンセプトを元に夢羽を中心にさらに曲作りを加速させ、歓喜の部分は夢羽、Tsukasaを中心に、狂気の部分は夢羽、Kenta、唯人を中心にアレンジを進める。
12月13日神戸MERSEY BEATにてシークレットライブを行い、12月19日心斎橋Club ALIVEの1stライブを皮切りに本格的な活動をスタート。
神戸バンドとして神戸・大阪を中心に関西全域に活動範囲を広げる。

2005年

神戸バンドとして地元神戸に何かできることはないかと考え、1月17日神戸MERSEY BEATにて「阪神淡路大震災チャリティーライブ」を開催。売上金全額を神戸市に寄付。
2月9日にフィオーレとのカップリングCD『妖怪蝶上大決戦』をリリース。2曲収録。
『妖怪蝶上大決戦』発売記念ツアーをスタート。
ツアーが始まると同時に活動の範囲を全国へと広げ、神戸、大阪、東京、名古屋を中心に精力的にライブ活動を行う。
4月1日に「√eight」「昭和愚裸魅會」とともにオムニバスアルバム『INDIVIDUAL INSISTENCE』に参加。3曲収録。
5月12日にはゲストに「GELLONIMO 」を迎え、初の主催ライブを開催。
5月15日に持病の腰痛と難聴が悪化したためdrumsのKentaが脱退。
ドラム不在となったが、さらにライブ本数を増やし、精力的に活動を行う。
7月26日/27日にはゲストに「MIL」「ネガ」を迎え、2days主催を開催。同ライブより『emaergence…』先行発売ツアーをスタート。8月27日の発売日にツアーファイナルを迎える。
8月27日にミニアルバム『 emaergence…』をリリース。
9月16日より『 emaergence…』発売記念ツアーをスタート。
9月24日に音楽性の違いによりbassのTsukasaが脱退。
9月27日に新bassの詩月が加入。
11月23日にツアーファイナルをむかえる。
11月26日/27日にはゲストに『ララ』『√eight』を迎え、大阪、名古屋で2days主催を開催。
12月31日には2会場でカウントダウンイベントに参加。

2006年

1月11日に2006年度初ライブを行う。
1月17日には昨年に引き続き「阪神淡路大震災チャリティーライブ」を開催。同ライブより、マキシシングル『永遠~吐息の数だけ降った雪~』先行発売ツアー『郷愁サイコロジア』がスタート。
2月4日にツアーファイナルをむかえる。
3月19日には船場Club MERCURYにて「Vergil」「我楽」とのスリーマンライブを開催。
8月に1stアルバムの発売が決定するが発売延期。
1stアルバム先行発売関東集中ツアーが決定していたが、急遽『発売延期でごめんなさい』としてひたすら謝るためのツアーを決行。
同じく発売記念の全国ツアーの開催も予定し告知をしていたため『発売延期でごめんなさい』の延長で『もうどうにも止まらない』としてさらに謝るための全国ツアーを決行。
延期としていた1stアルバムが発売中止とされる。
発売記念ワンマンも予定し告知もしていたため懺悔の集大成としてワンマンライブを決行。
12月1日に目指すべき方向の相違から夢羽、詩月が脱退。
2人の脱退後はクライシスの紅、ゆうひ、かずほのサポートを受けライブ活動を継続。

2007年

3月2日神戸MERSEY BEATにて夢羽、詩月が復帰し、解散ライブを行う。

2024年

12月にメンバーが再開し、再始動の計画が。。。

2025年

。。。そして